終戦記念日
「南の戦線に征くとき妻に遺す」
陸軍歩兵伍長 篠崎二郎命
戦況日々に厳しく南の戦線に出ることゝなる。もとより待機してゐた身には当然かも知れぬが、直面してみれば、やはり征衣の凡々兵である。否凡人以下の人間である。目をつぶつてみる、頭に浮かぶものは愛らしい子供、妻、父、母、妹等々。門出の前夜「私を未亡人にしてはいや」と言つた君の顔が、目が、忘れられない。しかし今は、きびしい戦に純粋な国家への思ひのみを盛つた征衣へのおあづけだ。生死の運命と共に。
たゞ君に願つて置くことは、我が生死の問題を超越して常にきみが結婚当初の感激に生き、心身共に理知美と、健康美に生きていつてくれることのみです。数々の思出を心に育くむことにより、生ありて帰れる日が来れば、その時の新たな感激こそわが生涯通じての極みだと思ふ。
留守居の安泰を祈ることは結局きみと愛児の無事を祈ることであり、君と克子とへの愛着である。勿論自分をかくあらしめてくれた両親への限りなき感謝は別として広いこの世界に君といふ好伴侶を持ち、克子と言ふいとし子を持ち得たことは、自分の最も幸福なことである。……
生命への自信を持つて南へ征くつもりだ。どうか現在の君のまゝでよい。そのまゝの精神と健康がほしい。静かな中に、情熱に生き、情熱の中に静かな、性質の持主であつてほしい。きみの顔が浮かぶ。……
きみのまぼろしがうかんで消えない。
昭和十七年十二月
「英霊の言乃葉 (1)」
終戦記念日です。
今年の終戦記念日は生まれてきてから今まで何十回と迎えた八月十五日とは違った気持ちでいます。
それはこの一年の間に戦争の本を読んだり映像を見たりと、自分なりにこの戦争について勉強してきたからです。
戦争は酷いことで、辛いことで、二度と繰り返してはいけないものなのですが、繰り返してはいけないからこそ、敗戦国であるからこそ、戦後生まれの私たちはきちんとこの戦争について知らなければいけないと思うのです。
なんてことを言う私ですが、この歳になるまで(すみません若くはないのです)知ろうともしなかった訳で、それは本当に悔やまれます。もっと前に勉強しようとしていたならば、祖父母に話を聞くことが出来たのに。
でもどうなんでしょう、戦争についてはあまりにも辛い記憶で、思い出したくない、話したくないという方もいらっしゃると思うので、なかなか話を聞きづらい所なのですが。私も仕事場で縁あって幾人かの軍隊経験のあるお客様にお話を聞くことが出来ましたが、最初は「お話を聞いてもよろしいですか」と尋ねてからお話を聞くようにしてます。
僕はもう、お母さんの顔を見られなくなるかも知れない。
お母さん、良く顔を見せて下さい。
しかし、僕は何んにもカタミは残したくないんです。
十年も二十年も過ぎてからカタミを見てお母さんを泣かせるからです。
お母さん、僕が郡山を去る日、自分の家の上空を飛びます。
それが僕の別れのあいさつです。
―――海軍少尉 茂木三郎命 沖縄周辺にて特攻戦死 十九歳
(国民の遺書 「泣かずにほめて下さい」 靖国の言乃葉100選 小林よしのり責任編集)
二十二年の生
全て個人の力にあらず
母の恩偉大なり
しかもその母の恩の中に
また亡き父の魂魄は宿せり
我が平安の二十二年
祖國の無形の力に依る
今にして國家の危機に殉ぜざれば
我が愛する平和はくることなし
我はこのうへもなく平和を愛するなり
平和を愛するが故に
戦ひの切実を知る也
戦争を憎むが故に
戦争に参加せんとする
我ら若き者の純真なる気持を
知る人の多きを祈る
二十二年の生
ただ感謝の一言に尽きる
全ては自然のままに動く
全ては必然なり
―――海軍少佐 古川正崇命 神風特別攻撃隊 沖縄近海にて戦死
(国民の遺書 「泣かずにほめて下さい」 靖国の言乃葉100選 小林よしのり責任編集)
戦争で命を落とした人は、国を護るために命をかけたのですが、私は「国を護る」の言葉の前に「大切な人のいる」が付くのではないかと思います。「大切な人のいるこの国を護る」。自分が国を護らなければ自分の大切な人が害される。だから戦争に征く。君を護るために。君の未来を護るために。
戦争という、色んな人の思惑や背景があって、一人一人の状況があって背景があって、愛する人を護るために戦争に征くということそれは正しいこととは言えないのかもしれないけれど、でも、愛する人を護るために命を散らせた人々に、その愛する人と子供たちの未来の為に命を落とした人々に、恥じない自分でいようと私は思います。
「この国の未来のため」に特攻をした人たちはあまりにも若かった。十代後半から二十代前半で、特攻隊員に選ばれた隊員は死ねと言われているということ。その中で、数日中に必ず自分は死ぬとわかっている限られた時間の中で愛する人に書き綴った手紙、遺書はあまりにも透明すぎて涙なくしては読めません。
今の私よりも若い人たちが書いた絶筆。自分を省みてあまりにも自分が幼くて申し訳なく思います。
だからせめてその人たちが「こんな国を護るために命をかけた訳じゃない」と思わないように、力のない私には国をどうにかなんて出来ないけれど、でもせめて自分のことだけでも、亡くなった方たちに恥じない人になりたいと、私は思っています。
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