更新しました!
続きはなるべく早く書けるよう頑張ります…
エントランスの画像がずれているのに今気づきました。トホホ…
また熱い季節 焼けついたアスファルトの街抜け出し
目の前に広がる青い景色――空と海がつながって果てなく続くその青さに、恋次は小さく口笛を吹いた。
痛いくらいに熱く照りつける太陽も、その日差しに煌々と輝く波も、尸魂界にはない景色だ。溢れる生命力の象徴とも言うべき、夏の景色。
白い砂浜。
透明な海。
眩しい太陽。
今恋次がその景色を見ている原因、それは幼馴染である朽木ルキアの二言――「海に行きたい、連れて行け」というものだった。
ホテルのプライベートビーチである所為か、飛行機に乗ってでしか辿り着けない離島の所為か、本島の海水浴場に比べると海水浴客の数は少ない。砂浜に立てられたパラソルの一つに目をやり、恋次は水中の楽園に案内してやろうと、日焼け止めを塗り終えたであろう連れの元へと泳いでいく。
「ルキア! 早く来い、いいもん見せてやる!」
砂に上がる途中で、パラソルに向かって大きく叫ぶ。小さな姿が何かを叫び返し、けれどその声は遠すぎて聞こえない。それでもパラソルの中から海に向かって来たルキアを迎えるために、恋次は波打ち際まで歩いて行った。
「さっさと一人で楽しみおって」
不機嫌そうな声を「たらたら日焼け止めなんか塗ってる奴を待ってられるかよ」と軽く受け流す。私が海に来たいからここに来たのに、と更に膨れるルキアに、「こんな場所まで来て膨れっ面すんなよ」と笑う。
「ほら、いい場所見付けたから。来いよ」
手を伸ばすと、ルキアは一瞬躊躇した後に頷いて恋次の手を取った。その手とは反対の手が、カラフルな浮き輪を持っていることに恋次は眉をひそめる。
「……何だそりゃ」
「し、仕方ないではないか泳げぬのだから!」
恥ずかしいのか悔しいのか、恐らく両方なのだろうがルキアは顔を紅潮させたまま恋次を睨みつける。
確かに子供の頃、戌吊で川で魚を採って来たのは恋次で、ルキアと言えば川岸近くで踝くらいの水量の場所にしか行かなかった。戌吊を離れて以降は水辺に行くこともなかった所為で、ルキアが泳げないということに全く気付かなかった。勿論周到にルキアが隠していた所為もあるだろう。
「……それで海に行きたいってのはどういった料簡だ」
「別に泳ぎが出来る出来ないは関係ないだろう、海の楽しみはそれだけじゃないし浮き輪で浮かんでるのは気持ちいいと思う!」
「はいはい、とにかく浮き輪は却下」
一護、とまだパラソルの下に居る同行者の名前を呼んでルキアからあっさり取り上げた浮き輪を放り投げる。狙い過たず、くるくると回りながら浮き輪はパラソルの目の前に落ちた。
「そんなもん着けてたら潜れねえだろ」
「も、潜るっ!?」
慄くルキアの手を取って、恋次は半ば強引に海の中に引き摺りこんだ。無意識に腰が引けているルキアの両手を、自分の両肩に乗せ掴ませる。
「掴まってりゃ沈まねえよ。行くぞ」
「やっ、ちょっと待っ……」
怯える声を無視してぐんと水を掻くと、背の低いルキアにはもう足がつかない位置へと泳ぎ出ていた。泳げない者にとって足が付かないということはもうパニック状態なのだろう、ルキアは必死に恋次の首に両手を回してしがみつく。
「絶対離すなよ、冗談でも離すなよ、私に断りなくいきなり潜ったら殺す!」
「しねえよそんなこと」
呆れた口調で首をひねってルキアを見れば、ルキアは冗談でも何でもないらしく、表情が強張ったまま海面を見ている。必死にしがみつく腕の強さも相当なものだ。
普段の強気な態度は鳴りを潜めて、余裕ないルキアの表情を見て恋次は笑いを堪える。堪えずに笑ったとしても、ルキアにはそれに気がつく余裕などないだろう。
恋次は危なげなく水の中を進み、その距離は大分砂浜から離れた。周囲に泳ぐ人の姿は見当たらない。
最初は不安そうに「まだ行くのか」「もう大分離れたぞ」と恋次に尋ねていたルキアだったが、今ではもう何も言わずに恋次にしがみついている。口を開く余裕もないのかもしれない。
「さて到着」
周囲に何もない海の真中でそう告げられ、不安そうに恋次を見つめるルキアの顔の位置は、恋次の首に余計な空間などない程しっかりと両手でしがみついているため、恋次の顔の真横にある。
「今から潜るからな、大きく息を吸え」
「む、無理だっ! 絶対無理っ」
「大丈夫だって、支えてっから。この海に来てこれを見なけりゃ後悔するぞ」
「で、でも、怖……」
ぽろりと弱音を吐いたルキアの腕を安心させるように二、三度叩く。
「絶対離さねえから。そのまま掴まってていいから。お前は息吸って止めるだけでいい」
やや躊躇しながら恋次はルキアの腰を引き寄せ、自分の横に立たせる。ルキアはその状態に気付いてもいないようだ。
「行くぞ」
5、4、3、2、と数えている内に焦ったのだろう、考える暇も反論する暇もなくルキアは大きく息を吸い、それを確認した上で恋次は「1!」と宣言し反動をつけて海の中へと沈み込んだ。
一瞬で目の前が青い揺らめきに変わる。耳に入る音も半端に塞がれたようなくぐもった音だ。顔を横に向けると、ぎゅっと目をつぶっているルキアが居る。腕をつついて目を開けさせると、縋るような瞳でルキアは恋次を見た。安心させるようにぽんと腕を叩き、恋次は指を前へと向ける。
うわあ、とルキアの声が聞こえるようだった。大きな目が更に大きく見開かれる。水への怯えも忘れ目の前の光景に魅入るルキアに満足し、恋次も目の前へと視線を移した。
青い海の中は、何処までも透明に澄んだ水だった。頭上からは陽の光が降り注いできらきらと光り、水の青さを際立たせている。
そして――海底に。
大きな大きな珊瑚礁が広がっている。白や赤や紫や黄色、形状も色も様々な珊瑚の群生のその周囲を――更に色とりどりの魚がひらりひらりと泳いでいた。
魚、と言えば料理されて口にする銀色の魚しか印象にないルキアには、この目の前に群舞する鮮やかな色の魚が居るなど想像もしていなかった。
コバルトブルーの水の中を、白や黄色、赤、青、緑、黒、橙色――ありとあらゆる色の魚が優雅に身をくゆらせている。多様な色が在るというのにそこに雑多な印象はなく、見事に調和されて一つの絵のようになっている。人の手には作りえない自然の美――完璧な美しさ。
それは溜息が出る程の光景だった――5センチくらいの小さな魚がくるくると泳いでいる横を、30センチほどの大きな魚が悠然と横切って行く。頭上からは陽の光が差し込んで光の道を作っている。水の中の身体はふわふわと重力を感じずに浮かんで、何処までも何処までも青い水は続いている――果てなく、大きく広がるその世界に、自然の中の自分の小ささと神々しいまでの自然の美しさを知る。
海面に顔を出し空気を肺の中へと入れると、ルキアは何も言えずにただ目を見張っていた。今目にした光景の美しさや感動を口にしようとして言葉が見つからないらしい。何度か何かを言いかけようとして結局何も言えず、そんなルキアの頭に手を置いて、恋次は「もう一回潜るか?」と聞いた。
答えは即答で「潜る」だった。
毎年同じ 恋人じゃないけれどやっぱり今年も
一護、という呼びかけと共に飛んできた浮き輪を受け止め放り投げた相手に目を向けると、恋次とルキアが海に向かって泳いで行くところだった。
いや、ルキアに至ってはあれは泳ぐというより連行されていると言った方がいいかもしれない。浮き輪といい、恋次の首にしがみついて引っ張られているあの状況といい、どうやらルキアは泳げないようだ。
内心、少し一護は羨ましい。何故なら、
「さて、泳ぐぞ!」
嬉々と海に向かって目を輝かせている隣の幼馴染―― 一護としてはいい加減「幼馴染」としか言えない関係を何とかしたいのだが、如何すればいいかわからずにいまだ「幼馴染」という関係でしかないたつきを見、溜息を吐いた。
「何」
「いや、別に」
たつきの運動神経は相当なもので、泳ぎも平気で2㎞の遠泳出来る程の技能と体力を持っている。今はもう恋次と共にかなり沖の方へと行ってしまったルキアのように、たつきが一護の首にしがみつくことなど間違いなく在り得ない。
「泳がないなら先行くけど」
「泳がないなんて言ってねーだろ」
「そお? 何かあんた詰まらなそうだし」
「そんな訳ねえだろ」
お先、と海に向かって駆け出すと、背後から「あ、こらまて一護!」と慌てた声がする。
波打ち際を目指しながら、例えたつきが泳げなかったとしても自分に恋次のような真似は出来ないだろうとここでも溜息を吐く。
水着のたつきは眩しすぎて、とても平静でいられない。
海に行くんだが、と恋次が一護に話を持ってきたのは一週間程前の話だ。
今は現世で空座町の担当をしているルキアの元へ、恋次はちょくちょくやってくる。副隊長のくせに随分と暇だと思うが、その副隊長の立場に居ればわずらわしい手続きを踏まずに現世に来られるらしく、故に仕事後にだの休暇にだの、かなり頻繁に現世にやってくる恋次は、恐らく朽木白哉に一人暮らしの義妹の様子を見てくるよう言われているのだろう。顔に出さない朽木白哉のシスコン振りは周知の事実だ。
その恋次の「ルキアが海に行きたいと言いだしてよ」という言葉に、へえそうかとしか言いようがなく、実際そう返した後、恋次が「という訳で手配頼む」と言って来た時には「はあ?」と不機嫌そうに眉をしかめたものだ。
「何で俺が」
「現世の旅行の手配の仕方なんぞ知るか」
「だからって何で俺がするんだよ。手前で店行って手続きして来いよ」
「面倒臭え」
「俺だって面倒臭えよ! 大体俺関係ねえじゃん!」
馬鹿らしい、と一護はベッドの上に寝そべった。この夏、何処にも行っていないのに何故他人のバカンスの世話をしなくちゃならねーんだ、とぶつぶつ呟いていた一護は、続く恋次の「手数料はお前ともう一人の旅費だ」という言葉にはたと動きが止まった。
自分ともう一人。
瞬時に脳裏に浮かんだ顔を見越したように、恋次は「もう一人は女限定」と追い打ちをかけた。
「一泊だからな。ルキアと同室の奴が欲しい」
それが一番の目的なのだろう。恐らく自分よりも、ルキアと一緒に部屋に泊まれる誰かが必要なのだ。流石に恋次とルキアが同室という訳にはいかないだろう。
そういった理由なら。
……誘うには正当な理由だ。引け目を感じる必要はない。
「――本当にタダなんだな?」
「副隊長の給料舐めるなよ」
それにしてもルキア一人の為に随分と、と思うが、恋次のルキアへの甘さは既に十分承知しているので何も言わない。
恋次のルキアへの想いは、最初は恋愛感情なのかと思っていたが最近はそれも揺らいでいる。
あまりにも進展がないのだ。
二人が居る光景はよく見かけるが、そこに特に甘い雰囲気はなく、あくまでも仲の良い幼馴染でしかない。口喧嘩はしょっちゅうだし、しかもお互い容赦ない。けれどお互いのことは深く知っているのだろう、余人の入り込む隙間はない。つまり幼馴染というよりも兄妹のような――
そこまで考えて、それがまんま自分と「もう一人」に当てはまることに気付いて少々へこむ。
仲が良すぎる幼馴染――兄妹(向こうにしたら姉弟の認識かもしれない)のようなその関係。
それを望んではいないのだが、それが壊れることも望んでいない。
恋次の行き先に関する希望を聞きながら、「もう一人」はこの旅行を受けてくれるかどうか一護はぼんやりと考えていた。
「別にいいけど」
たつきに下心があると誤解をされないように(いや実際には多少の進展があればという下心はあるのだが)、ルキアが海に行きたいと言っているということ、恋次がルキアと一緒に泊まってくれる女を探していること、旅費はタダなこと等を言い訳のようにまくし立てた一護への返事はそんなあっさりしたものだった。
「ちょうど海行きたいって思ってたし。……でもいいのかよ? 旅費、相当掛かるんじゃないの?」
「まあ金持ってる奴だし、本人がいいって言ってんだからいいんじゃねえの?」
OKを出したたつきに内心かなり浮かれながら、一護は駅にあった旅行会社のパンフレットを床の上に置いた。相当数あるパンフレットにたつきが目を丸くする。
「何、すごい量」
「急いで決めて申し込まねーと。ぐずぐずしてると夏が終わるぞ」
恋次に聞いた金額の上限は、4人で旅行するには十分すぎる金額で、恋次の提示した「海が綺麗な場所、目の前に海があるホテル」の条件に合う場所を二人で探す。
わいわいと場所を探すのは楽しかった。自分が見つけたプランを相手に示し、相手の意見を聞く。「その内装ありえねー!」「いいじゃん可愛いじゃん! ちょっと、朝食ついてないプランなんてあたしヤだからねっ」「大浴場もあるといいな」「……オヤジくさい」「あ? 何か言ったか?」
数々の南国の写真にテンションは上がっているのだろう、ちらりと盗み見たたつきはとても楽しそうだ。その様子にほっとしながら、出来ればいつか、二人だけで行く旅行の相談も出来たらいいんだけどな、と心に呟く。
2時間ほどで候補を3つに絞った後、一緒に旅行会社に申し込みに行こうと誘い――こちらも問題なくOKを貰い、旅行会社に向かう。
空座町から少し離れた店を選んだのは、少しでも長くたつきと歩きたかったから、とは誰にも言えない。
チェックインの時間前に到着し、海に必要なものだけ取り出して残りの荷物はフロントに預けて海に出る。
着替えの楽な一護たちの方が砂浜に出るのは早く、パラソルやチェアを借りる手続きを済ませ海遊びの基地を作っている時に現れた二人を見て――正確にはたつきを見て、息を呑んだ。
特に肌の露出が多い訳ではない。見渡した周囲の女性に比べれば、地味といっていい水着だった。競泳用のようなシンプルな形の白い水着。けれどそれは、健康的に日に焼けたたつきにはとても合っている。
すらりと伸びた綺麗な足と、予想していたよりも大きかった胸に目が行って慌てて視線を背けた。
恋次はと見れば、特に動揺する様子もなくルキアと普通に会話している。自分だけ餓鬼のような気がして、少し悔しい。
「一護、すごい! 見てみろよ、魚がすごい!」
先程までの出来ごとを思い返していた一護は、たつきのその声に我に返った。振り返るとたつきが海に潜るところだった。数瞬遅れて一護も海へと沈みこむ。
テレビの中と本の上でしか見たことのなかった、海の中の楽園が目の前に広がっている。
鮮やかな魚の群れに目を奪われる中、やはり一番目を奪われたのは心の底から楽しそうなたつきの笑顔だ。
来てよかった、と思う。
この笑顔を見られただけで、例え二人の関係が今年も変わらなかったとしても、後悔はないと思う。
……………………多分。
こんなに君が傍にいる
何か食う物買ってくる、と一護を連れて少し離れた場所の店に向かった恋次が、知らない女性と話しているのを偶然見てしまい、ルキアはきゅっと唇をかみしめた。
恋次と一護、二人が並ぶと確かに人の目を引く。特に恋次の人目の引き方は老若男女を問わない。それが身体中に彫り込まれた刺青の所為だと本人は思っているだろう。勿論それはその通りなのだけれど、それは老若男女の「老男」「若男」「老女」の三つの組み合わせだけで、「若女」については別の理由で人目を引いているのだとルキアには解っている。
確かに最初はぎょっとするだろう、紅い髪に顔と身体に彫り込まれた黒い紋様に、恋次は彼女たちの住む穏やかな日常とは違う世界に住んでいる住人だと解る筈だ。けれど、その逞しい身体と精悍な美貌を彼女たちが見てしまえば、夜の暗闇に燃え盛る火に向かって身を投げる虫のように、危険を承知で吸い寄せられてしまうのもルキアには理解出来た。
実際には恋次はそう危険な男でもないのだが――面倒見はいいし情に篤いが、そんな利点は恋次の外見からは想像もつかないだろう。だから安心していた面もあるのだが……
「当てが外れた」
「え?」
知らずに口に出していた言葉に、隣の椅子で寝ていたたつきが起き上った。「何?」と聞き返すたつきに「いや、何でもない」とルキアは言葉を濁す。
ん、とたつきは小さく首を傾げて再び椅子に寝そべった。ルキアが中央霊術院で同級だった女生徒たちは、そう親しくもないのにやたらべたべたと根掘り葉掘り聞いてくる者が多かったが、たつきに関しては今までそういったことはない。恐らく人の意を汲み取ることに長けているのだろう。無関心とは違う、優しい心遣いなのだとルキアは思う。
実際、今ルキアが胸に抱いている想いを言葉にすることなど出来る筈もなかった。
一人暮らしの気儘さで、よく聞く深夜のラジオ番組から流れた曲――夏の、海の音楽に引っ張られるように恋次に「海に行きたい」と言ったのは二週間程前のこと。
それで二人の中の何かが変わればいいと思った。――否、ルキアの中ではもう変わっている。変わってほしかったのは恋次の中の自分へのスタンスだ。
ルキアが恋次を好きだと気付いたのは、そんな昔のことではなかった。
幼馴染で、ずっと一緒にいて――近過ぎて、気付かなかった。
朽木家に引き取られ、逢えなくなって淋しくて辛くて哀しくて――けれどその時は、ただ家族に逢えない淋しさとばかり思っていた。
再び逢って。
剣を向けられ。
絶望して。
そう、突如告げられた処刑をぼんやりと受け入れてしまったのは、あの時恋次が自分に剣を向けた所為だったのだと思う。恋次はもう自分を必要としていないのだと、そう思って絶望して――
けれど恋次は助けに来た。
上司を、同僚を、仲間を、護挺十三隊を、何もかも全てを捨てて、ただ自分だけを選びとった。
嬉しくて、幸せで――
恋次を死なせたくないと藍染の元へ行こうとした自分を引き止めた恋次の腕の中で、迫る刃を見ながらこのまま恋次と一緒に死ねたら幸せだと思った。
そしてようやく――恋次への気持ちに気がついた。
幼馴染じゃなくて。
家族じゃなくて。
異性として恋次が好きだったのだと――ようやく、気付いた。
そうして始まるべき新たな道は――何故か全く塞がれたままなのは、一体どういった料簡なのだろう。
ルキアの向ける視線の先で、恋次と一護が女性二人に話しかけられている。
何を話しているかは遠すぎて聞こえない。恋次がどんな表情を恋次がしているのかはこちらに背を向けているので見えない。
ただ、女性二人はよく見えた。
すらりとした肢体、少し色を抜いた、ゆるくウェーブをかけた長い髪。
胸は魅力的に形良く盛り上がっていて、肌は健康的に焼けている。二人の綺麗に化粧した顔を見て、ルキアは海に入る気がないなら何しに来たんだ、と心の中で毒を吐く。
嫉妬だと解っている。
彼女たちは自分が欲しくて持てない物を持っている。
すらりとした身長や、大人びた顔立ちや、豊かな胸や、くびれた腰や、大きなお尻や、長い脚を。
男性が見惚れるような、女性の魅力を。
あんな美人に声を掛けられて、きっと恋次も悪い気はしないだろう。元々此処へはルキアの我儘に付き合って来ているのだ。
恋次が自分のことを幼馴染としか見ていないことはよくわかっている。
海に行きたい、海の見える部屋に泊まりたい、思い切ってそう言ったのに、恋次が用意したのは4人の旅行だった。
二人きりで行こうとは恋次は考えなかったのだ――二人きりで行きたいと、恋次は思わなかったのだ。
何かが変わりたくて海へ行きたいと言ったのに、結果はただ恋次が自分を何とも思っていないという事実を目の前にしただけだ。
そしてこうして、恋次が他の女性の目を引いているのを見せつけられる。
見つめる視線の向こうで、女性たちが恋次と一護に手を振った。そのまま二組は分かれて、女性たちはパラソルに向かって歩いてくる。
ルキアたちのいるパラソルの斜め前のパラソルの椅子に二人は腰かけ、そのまま後ろを振り返り、ルキアを見――
くす、と笑った。
その笑みの意味は知っている。
あれなら勝てそう。――そんな、笑み。
「少し泳いでくる」
「うん。あいつら戻ったら呼ぶよ」
「ああ」
肩にかけていたタオルを置いて、海に向かう。――視界の中にあの二人組が居ることが厭だった。
あの勝ち誇ったような笑みは、目に焼き付いて消えなかったけれど。
以下続く…!
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